東京地方裁判所 平成9年(ワ)26003号 判決 1998年8月26日
原告
株式会社玉樹
右代表者代表取締役
森田寛子
右訴訟代理人弁護士
木村敢
被告
村上恵子
同
森川幸治
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金一七二万九四〇〇円及び内金一五二万九四〇〇円に対する平成九年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、原告に対し、各自金二九二万九四〇〇円及び内金二五二万九四〇〇円に対する平成九年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、原告の元従業員であった被告らが、従業員当時入手した原告の顧客名簿のデータベースを利用して、他店から仕入れた原告の商品を不正に販売したことが不法行為に当たるとして、原告が被告らに対し、これにより被った損害の賠償を求めたものである。
二 前提事実
1 原告は、エステ(全身美容)用の化粧品、飲食品その他の関連商品を製造し、各地域の代理店を介して、各地のエステティックサロンや美容院等に自社製品を供給、販売することなどを業とする株式会社である(甲一三)。
2 被告らは、原告の従業員として、平成八年一二月まで原告の業務を担当し、被告村上は同月二八日、被告森川は同月二三日付けで、いずれも一身上の都合により原告を退社したものである(争いがない。)。
3 被告らは、平成八年一二月ころから平成九年一月、二月ころにかけて、原告商品のディスカウント販売のチラシを原告の顧客に対してダイレクトメールにより一斉に送付し、原告商品の販売(以下「本件販売行為」という。)を行った(争いがない。)。
三 争点
本件における争点は、①本件販売行為が不法行為を構成するか、及び②原告の損害額である。
四 争点①に関する当事者の主張
1 原告
被告らは、原告の従業員であった平成八年一一月ないし一二月ころ、原告が毎年季節キャンペーンとしてダイレクトメールにより直接自社製品を販売する際の顧客名簿(三六〇〇名余の顧客の住所、氏名等を掲載したもの)のデータベースを盗写し、これをもとに原告商品を原告商品代理店から仕入れて、右顧客を対象としてダイレクトメールによりディスカウント販売を行うことを企て、平成八年一二月ころから平成九年一月、二月ころにかけて、アルファタッチパウダーサロンを経営していた中川寛に原告商品の仕入れなどのために同サロン名を使用することを承諾させたうえ、被告らにおいて作成した原告商品のディスカウント販売のチラシを右顧客に対してダイレクトメールにより一斉に送付し、本件販売行為を行ったものである。
本件販売行為は、原告が開拓し、作成し、管理する原告の顧客名簿の顧客の住所、氏名等をそのデータベースより盗写し、そっくりその顧客を相手にダイレクトメールにより商品販売行為に及んだもので、違法というべきである。
2 被告ら
被告らが原告主張の顧客名簿のデータベースを盗写した事実はない。また、被告らは、神戸所在の株式会社明豊から正規の値段で原告商品を仕入れ、これを相当価格で販売したのであるから、何ら違法ではない。
第三 争点に対する判断
一 争点①について
1 証拠によれば、①被告らは、「アルファタッチ美容研究会代表森川幸治」名義の預金口座を三和銀行青山支店に開設し、その口座に本件販売行為の相手方二二名に申込み代金を送金させていたものであるところ、そのうち二一名は、過去に原告と取引のあった原告の顧客名簿内の顧客と同一の名称であること(甲八、九の1ないし21、一五、一六)、②右口座に送金した残り一名は、「モリカワユキオ」であるが、この人物は被告森川と同姓であるところから、同被告の親族であると推察されること、③原告において顧客名簿の三六〇〇名余の中から無作為で一〇〇名余りを抽出して、電話照会したところ、そのほとんどが被告らのダイレクトメールのチラシの送付を受けていたことが判明したこと(甲一三)、④平成八年一一月に新たに原告の顧客になり、そのころ顧客名簿に搭載された顧客に対しても本件ダイレクトメールのチラシが送付されていること(甲一三)などの諸事実が認められ、これらの諸事情に、被告らは原告会社の元従業員で、原告の顧客名簿のデータベースを容易に工作、入手できる立場にあったうえ、後記のように本件販売行為のための名簿入手につき合理的な説明、立証をしていないことを合わせ考慮すると、被告らは、原告の従業員であった当時、原告の顧客名簿ないしそのデータベースを原告に無断でコピーするなどして入手し、これを利用して本件販売行為に及んだものと推認するのが相当である。
2 これに対し、被告らは、本件販売行為に際し、被告森川の友人の岡から女性客の名簿の提供を受け、これに従って、ダイレクトメールを発送したものであると主張するもののようである(弁論の全趣旨)。しかしながら、右主張を裏付ける証拠は全くなく(被告らは、本件口頭弁論に出頭しないし、立証活動をしない。)、右主張はにわかに採用できない。そして、他に前記認定、判断に反する証拠はない。
3 ところで、本件顧客名簿ないしそのデータベースは、継続的に原告の商品を購入している、いわば原告の固定客、得意先の氏名、住所を記録したそれ自体として貴重な財産的価値を有するものと認められるところ、被告らは、これを原告の承諾なく入手したうえ、これを利用して本件販売行為に及んだものであるから、原告の営業上の利益を違法に侵害したものというべきである。したがって、被告らの行った本件販売行為は、原告に対する不法行為を構成するものと解するのが相当である。
そうすると、被告らは、原告が本件販売行為により被った後記損害を賠償する義務があるというべきである。
二 争点②について
1 証拠(甲一〇の1ないし4、一三、一七)によれば、平成九年一月三〇日ころ、顧客から原告に対し、本件販売行為につき、原告で主催してやっているのかという問い合わせの電話があったのを契機として、原告は、顧客名簿の三六〇〇名の中から、無作為で一〇〇名余のデータを抽出し、この顧客に対して電話で照会をしたこと、また、原告は、三六〇〇枚の葉書を購入し、顧客の宛名ラベルを発注して、本件販売行為が原告と無関係のものであることなどの文面をコピーし、これを記載した葉書を顧客三六〇〇名に郵送したこと、原告は、右のような対応をするために、従業員に対し、特別手当て、超過勤務手当て等として合計九一万二八〇〇円を支出したことが認められる。
そこで、次の損害が被告らの本件販売行為と相当因果関係にある損害と認められる。
(一) 葉書代金三六〇〇枚分
一八万円
(二) 宛名ラベル代金三六〇〇名分 一万五〇〇〇円
(三) コピー代金三六〇〇枚分
二万一六〇〇円
(四) 電話照会、対応、郵送事務等の人件費 九一万二八〇〇円
2 証拠(甲六の2、八、一七)によれば、被告らは本件販売行為により、少なくとも六六万一五五五円分の原告商品を販売したこと、右商品の小売定価は一〇〇万円余であり、原告はこれを五〇万円余で被告らの入手先である株式会社明豊に卸売りしたものであること、しかし、原告が顧客に直売すれば、九〇万円余で販売できる商品であることが認められる。したがって、原告は、その差額として四〇万円の得べかりし利益を失ったものと認められる。
3 次に、原告は、被告らの本件販売行為は、原告の名誉、信用を毀損するものであると主張するが、本件販売行為は原告の営業上の利益を侵害するものと認められることは前記認定のとおりであるが、それ自体が原告の名誉、信用を侵害する性質、態様のものとは認められず、被告らが本件販売行為に際して、具体的に原告の名誉、信用を侵害する販売方法を採用したとの主張も、これを窺わせる証拠もない。よって、原告の名誉、信用毀損を理由とする損害金の請求は理由がない。
4 本件に顕れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用は金二〇万円が相当である。
三 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自金一七二万九四〇〇円及び内金一五二万九四〇〇円に対する平成九年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余はいずれも理由がないこととなる。
(裁判官小磯武男)